コラム&レポート

危機とGold⑮

増田 悦佐シニアアナリスト 増田 悦佐
一橋大学大学院経済学研究科修了後、
ジョンズ・ホプキンス大学大学院で歴史学・経済学の博士課程修了。
ニューヨーク州立大学助教授を経て、外資系証券会社でアナリストをつとめ、
2008年より株式会社ジパングに参画。

金本位制の時代には、「国際収支の黒字がその国民の富だ」といういわゆる重商主義の主張には、それなりに健全な根拠がありました。つまり、経常収支の黒字を金の受け取りで決済していた国は、長期的に資産として持っていても、価値の目減りをほとんど気にしないですむ国際通貨を蓄積していたわけです。

ところが、不換紙幣ばかりが幅を利かせている世の中で重商主義を信奉するということは、最低限溜めこんだ外貨準備の目減りを防ぐ程度の資金運用力を持ち合わせていなければ、みすみす損失を引き受けることになります。自国で生産したモノやサービスの一部を、過剰な貨幣供給をしてインフレを起こしている国に「インフレによる目減り分」としてプレゼントする政策だということになるからです。そのいちばん良い例が、今なお地上最大の経済圏であるアメリカの米ドルや米国債でしょう。

毎年膨大な経常黒字を米ドルや米国債の持ち高を増やすというかたちで決済している日本も中国も、米ドルの慢性的な目減り分だけ国民の労働の成果をアメリカ国民に寄贈しているわけです。そして、この輸出超過国からのインフレ目減り分のプレゼントを最大限享受して、自分たちの稼ぎよりずっといい生活を長年にわたってエンジョイしてきたのが、ほかならぬアメリカ合衆国だったというわけです。

こういうかたちで、「基軸通貨国」が自分たちの稼ぎよりいい暮らしを続けながら、諸外国に対する借金の負担はインフレによる目減りで軽くすませようと居直ってしまったら、不換紙幣制度にはその態度を矯正させるうまい方法はありません。

それ以上にこわいのは、借金で自分の稼ぎより良い暮らしをすることに慣れきった国民には、いつかどんなにインフレで目減りしたところでやっぱり返しきれないほどの借金の山を築いてしまうという臨界点が厳然として待ち構えていることです。今のアメリカ経済は、まちがいなくこの臨界点に向かって突っ走っています。

国際収支の黒字国側が、アメリカ国民に「あなたたち、今は稼ぎよりいい生活をしているけど、いずれは子どもや孫の世代で、外国に借りたカネの返済のために稼ぎより悪い暮らしをせざるをえなくなりますよ」と忠告したとしましょう。「そのころまでには、インフレで取るに足らないような返済負担になっちゃっているはずだから平気だもんね」と舌を出されたら、それで終わりです。

でも、金のように供給量が突然激増する可能性は非常に低く、安定成長はするけど経済規模の拡大を若干下回るペースにとどまりそうな通貨を想像してみてください。たとえアメリカという地上最大の経済圏でさえ、国際収支で赤字の垂れ流し放題というわけにはいきません。

赤字は、金地金を現送するというかたちで決済しなければいけません。そして、世界中でおだやかなデフレが続くとすれば、いったん外国に送った金を取り戻そうとしても、たぶん自国通貨である米ドルベースで言えば、送り出したときに作った赤字額より大きな黒字額を捻出しないと、完全に取り戻すのはむずかしいでしょう。つまり、そのころまでに米ドルの金平価はさらに下がっているでしょう。

というわけで、突然の供給量激増で値崩れするという不安が皆無と言ってもよいことは、金でバックアップされた通貨の欠点ではなく、最大と言っても過言ではないくらいの利点なのです。

それでは、貨幣としての金に対する需要量が激減するというかたちで金価格が急落することがあるでしょうか。こちらも、非常に非現実的です。

なぜなら今後数年、あるいは十数年、不換紙幣の通貨価値に深刻な疑問がつきまとうような景況が続くと予想されるからです。今まで各国政府または中央銀行が発行した紙幣を外貨準備として受け入れていた国々でも、いつ大幅に価値が減少するか、あるいは紙くずになってしまうか分からない紙幣より、頼りがいのある価値を体現した貨幣を外貨備蓄にしたいと考えているはずです。

もちろん、短期的にはユーロやポンドは危ないから、米ドルや日本円に乗り換えようという程度の変化ですむかもしれません。とくに米ドルについて言えば、ユーロが空中分解しそうな雲行きだという情勢は、世界で唯一の基軸通貨としての米ドルの立場を大幅に強化する方向に作用していくでしょう。

ですが、この世界で唯一の基軸通貨には、ひとつ非常に大きな欠陥があります。それは、諸外国で言えば中央銀行に当る連邦準備制度が1913年に発足して以来、価値の保全手段としてはじつに心もとないパフォーマンスしかしてこなかったという歴然たる事実です。

1913年に連邦準備制度が発足した当時の1ドルが持っていた通貨価値を1とすると、ニクソン大統領が突然「金兌換制」からの離脱を発表した1971年当時には、1ドルの貨幣価値は0.24に下がっていました。つまり、60年弱で1ドルの価値が80%近く減少してしまったのです。さらに、その1971年から約40年を経た現在までで1ドルの価値はさらに3分の1以下となり、1913年を1とすれば0.04くらいに落ちこんでしまいました。1913年の1ドルに対しては4セント分ということになります。

フランクリン・デラノ・ローズヴェルト大統領が就任早々金輸出を禁止し、国民から金を没収した1933年を起点に選んで現在までの目減り分を勘定すると、米ドル1ドルの価値は94%減少しています。つまり、現在の1ドルは1933年の6セント分の価値しかないのです。

個人でも、企業でも、国家でも同じことですが、不換紙幣を抱えこんでしまったら、何とか運用をしてその不換紙幣を名目ベースで増やしていかなければ、実質ベースではほぼ確実に資産が目減りします。これはもう、疑問の余地なく歴史的に証明された事実です。

これでは、外貨準備を米ドル1本に絞るという方針は、長い年月にわたって備蓄すればするほど、インフレによる目減りがひどくなるという警戒感が芽生えて当然でしょう。しかも、ドイツをほぼ唯一の例外として、今後経常収支の黒字が続きそうな国ほど外貨準備に占める金の比率が低いという傾向があります。具体的には、英米独仏四ヵ国の外貨準備に占める金の比率はすべて60%を超えていますが、インド・ロシア・台湾・日本・中国の外貨準備に占める金の比率はすべて1ケタのパーセンテージです。

最大の理由は、1970年代を境に、それまで圧倒的に豊かだった欧米諸国と、それまで圧倒的に貧しかったアジア諸国のあいだで、経済成長力の逆転が生じたということでしょう。

今まで豊かだった欧米諸国は、富の蓄積が大きいので金準備も潤沢です。しかし、毎年の経常収支は赤字の国が多くなっており、成長性の高いアジア諸国へと富の移転をせざるを得ません。一方、アジア諸国は貧しかった時代が長かったので、富の蓄積も低く、金準備も小さいですが、毎年の経常黒字によって欧米諸国から富の移転を受ける立場にあるのです。

中国の場合、過去5~6年で金の備蓄量を倍増させましたが、それでも外貨準備に占める比率としては1%台という低さです。中国が今後も大幅な経常黒字を維持できるか、あるいはそもそも中国という国家がこのままのかたちで存続できるかには大いに疑問があります。ですが、中国以外にも国民経済全体と輸出が急成長している新興国は数多く存在しています。そういった新興国のあいだで、外貨準備を不換紙幣一本にしておくのは危険だという認識が広まることには疑問の余地はないでしょう。

もう少し広く見た金全体の需給予測は、どう展開するでしょうか。圧倒的に買い方優勢でしょう。最初に確認すべきは、宝飾品需要の拡大です。この市場では、インドと中国の2国が二大需要家として定着してきました。ですが、この2ヵ国とも宝飾品需要の高さは、人口が非常に大きいからこその現象であって、国民1人当たりの消費量は意外なほど小さいのです。なにしろ、ベトナムやインドネシアとほとんど変わらない水準なのですから。

金消費が大きな国々の中でも、1人当たりの消費量ではかなり大きな格差があります。断トツがサウジアラビアで、年間1人当たり3.8グラムぐらい消費しています。次が香港で、2.6グラムほどです。一方、ロシア・インドで0.4グラム、中国・インドネシア・ベトナムで0.3グラムと意外なほど低い数字です。

しかも、中国・インド両国ともこの1人当たりでは小さい需要が、今後は急拡大する要因を内包しています。まず、どちらも、経済成長が高水準を維持するので、今までは小さかった中産階級が拡大し、金の宝飾品需要を担えるだけの小金持ちの人数が急増するでしょう。

それだけではなく、どちらも政治社会的には深刻な問題を抱えているので、「まさかのときに頼れるのが、金」という切実な需要が大きいはずです。当分、毎年金需要の大部分を占める宝飾品需要は逼迫を続け、したがって投資需要も同じ供給を取り合うために高水準の価格帯で勝負せざるを得ないということになるでしょう。

それでは、供給はどうでしょうか。明らかに先細り傾向を示しています。下の図は1900~2009年の生産実績と、2010~38年の生産予測を示したものです。

ご覧のように、基本的には2001年に大天井を打って、その後は2014年に小さなピークを迎えるものの、そこから先はかなり急傾斜で減少が続くという想定となっています。この供給先細り予測の前提になっているのは、古今東西を通じて最大の産金国だった南アフリカが明らかに金鉱石の枯渇期に入ってしまったという観測です。

南アフリカは、1970年前後にはたった一国で年産約1000トンの金生産量を誇っていました。当時の世界全体の生産量の約7割という圧倒的なシェアでした。ところが、直近では南アフリカの生産量は、かろうじて年産200トンレベルを維持する程度にまで下がっています。

一見したところ、金の需給には逼迫要因ばかり目白押しで、こんな素材を通貨の基礎に採用したら、供給量の不足が経済の萎縮を招くという議論がもっともらしく聞こえます。でも、それは市場が発する高価格というシグナルがどんなに多くの創意工夫や冒険探検を生んできたかを理解していないからこそ出てくる取り越し苦労なのです。

心配性の方は、「たとえジリジリ程度でも金が生産されているうちはいいが、まったく金鉱石が採掘もされず、生産量ゼロという時代が続いたら、やっぱり交換の媒介としての貨幣不足で経済成長がとどこおるのではないか」とおっしゃるかもしれません。はっきり言って取り越し苦労です。世の中にいろいろな資産がある中で、金ほど供給量の絶対的な不足という事態が起きにくい資産もないでしょう。

まず、この連載の第3回でご紹介した資産の砂時計を思い出してください。金は消費財としてはいちばん流動性が高く、投資財としてはいちばんボラティリティが低い結節点になっています。そして、この間の金高で今までは宝飾品として蓄蔵されていた金がずい分リサイクル市場に出てきて投資用に買われていきました。でも、ストック全体として見れば、宝飾品のほうが大きく、投資用が小さいというシェアは変わっていません。

もっと金価格が高くなれば、もっと大量の宝飾品として蓄蔵されていた金が投資用市場で買われていくでしょう。でも、全体として宝飾品として個人家計や企業などに蓄蔵されていた金が全部投資用市場に吸収されてしまったということは、いまだかつて起きていません。1933年のローズヴェルト大統領による米国民からの金接収とか、1998年の東アジア通貨危機の際に国際収支が極端に悪化した韓国で、大統領による金備蓄放出の呼びかけに韓国民が応じたケースなど、個別にはそれに似たケースがありますが。

この時点でもう、「金の絶対量が不足したために取引がとどこおって経済成長が阻害される」という議論は、今まで一度も起きたことがない仮定の話なのだということが分かります。

また、貴金属本位、とくに金本位は決して貨幣供給量の低水準とは直結しないのです。むしろ、本位金属としての金の供給は、世界経済の規模が拡大するにつれて、急速に増加してきたのです。

Auという元素記号を持つ金が比較的高い純度で抽出されはじめたのは、今から約6000年前、紀元前4000年前後と言われています。そして、紀元前の約4000年間で産出された金地金の量は約7700トン、現存する総ストックのたった4.7%に過ぎなかったそうです。最大の理由は、紀元前の世界における経済成長が非常に遅々たる歩みで、貨幣に対する需要もそれに比例して弱かったからです。その後、経済成長が加速するにつれて、年間の金産出量も上がっていったのです。

さらに、個々の金山を経営している企業にとっては、デフレで物価が安いときに金価格が高騰すれば、金を増産するインセンティブは非常に高まります。となれば、当然金の増産努力が強化されます。金山経営と言うと「ひとヤマ当てる」とか、「一攫千金」とか、非常にギャンブル性の高い事業のように誤解していらっしゃる方が今でも多いようです。

ところが、現代の金山経営は、非常に地味で確実性の高い事業なのです。まず、金鉱石をふくむ地層の中にふくまれる金の含有量は、実際に掘り出す前からかなり高い精度で推計が可能です。そして、特定の金山にふくまれている資源量は、可採粗鉱量と推測資源埋蔵量に分類されます。可採粗鉱量というのは、今すぐ採掘してもペイすると考えられる量のことです。推測資源埋蔵量というのは、このすぐにも掘り出せる量を差し引いた上で、コストに糸目はつけないという前提であれば、採掘できる金鉱石の総量のことです。

ゼネコンの収益データになじみのある方なら、可採粗鉱量は受注残、推測資源埋蔵量は施工能力と考えていただくと分かりやすいかもしれません。つまり、可採粗鉱量は比較的近い将来に売上として立つことがほぼ確定している金鉱石の量です。これに対して、推測資源埋蔵量は金価格と採掘費用との兼ね合いで、実際に掘り出される可能性もあるし、掘り出されないままで終る可能性もある金鉱石の量のことです。

金価格が上がると、今までは推測資源埋蔵量にくくられていた金鉱石のうちで、可採粗鉱量に繰り入れられる部分が出てきます。デフレで資機材費や燃料費が減少しているときには、この繰り入れがとくに大きくなります。製品価格は上がるのに、採掘コストは下がるから、今までは採掘できなかった分まで採掘可能になるからです。具体的にどういう現象が起きるかと言えば、デフレ環境のもとで金価格が上がれば、同じ金山から採掘される金の量はほぼ確実に増加するということです。

そして、もう一つ重要なポイントとして、新しい金鉱山を発見するための探鉱事業も活発化します。デフレでほかの産業は軒並み収益が横ばいか、減収減益かというときに収益が上がっている事業をやっていれば、当然同じ金山での増産努力が進むとともに、新しい金山を探り当てることの期待収益も上がります。

歴史的に見ても、金は深刻な国際金融危機のたびに、新しい鉱脈の発見、新しい抽出法の開発によって供給を拡大してきました。いや、べつに金融危機など起きなくても、経済全体が順調に成長し、マネーサプライの拡大が望ましいときには、じつに都合よく新しい鉱脈が発見されたり、新しい抽出法が導入されたりして、地球上に存在する金地金の総量が飛躍的に増加していったのです。

でも、これは単に今までは「運よく」金が深刻に不足すると新しい大きな金鉱脈が発見されてきたが、もう今後はそんな幸運に頼ることはできないというだけの話でしょうか。そうではありません。金も、ほかのあらゆる商品や製品同様、供給量が少なすぎれば価格が高騰し、価格が高騰すれば既存鉱山の生産も拡大するし、新しい鉱脈を発見するための探鉱事業にも大きな資金が投入されるという経済法則どおりの需給関係で動いてきた生産物なのです。だからこそ、世界経済の規模が拡大するにつれて、金の生産量も拡大しつづけたのです。

大航海時代の冒険者たちの目標が「香料の確保」から「金山・銀山の発見」に変わったのは、15世紀半ばに銀価格がとてつもない暴騰を演じたからだということは、すでにお話ししました。1848~49年のカリフォルニア州サンフランシスコ近郊での金山発見も、1890年代のアラスカ州クロンダイクでの金山発見も、デフレ下の金価格高騰が招いた探鉱意欲の増大の直接の結果だったのです。