コラム&レポート

危機とGold⑭

増田 悦佐シニアアナリスト 増田 悦佐
一橋大学大学院経済学研究科修了後、
ジョンズ・ホプキンス大学大学院で歴史学・経済学の博士課程修了。
ニューヨーク州立大学助教授を経て、外資系証券会社でアナリストをつとめ、
2008年より株式会社ジパングに参画。

さて、第2次オイルショックが引き起こした資源インフレの退却戦とも言うべきハント兄弟の銀買占めの余波を受けて、金価格は1980年1月にトロイオンス当たり850ドルを超えるという突飛高を演じました。この価格は、その後28年間破られることのなかった最高値です。

もともとハント兄弟が専門としていたのは、貴金属投資ではなく石油資源探査と採掘権の獲得でした。いくつかの失敗ののち、彼らはリビアで現在にいたるもアフリカ大陸随一という大油田の開発に成功して、全米でも有数の大富豪にのし上がります。ところが、1969年の革命でリビア政府の実権を握った当時のカダフィ中尉の巧みな交渉術によって、結局1973年にこのアフリカ大陸最大の油田の採掘権の51%を没収されてしまいます。この交渉術に長けた革命派の青年将校こそ、去年の英仏米軍に支援された反対勢力との内戦であっさり殺されてしまった、あのムアマール・カダフィです。

1950年代末にイランで社会主義的なモサデグ博士の指導する革命が成功して、国王だったシャー・パーレビが追い出され、イラン国内の油田がすべて国有化されるという事件がありました。そのときは、アングロ・イラニアン石油(のちのBPです)の要請で英米連合軍がイランに侵攻し、モサデグを追放してシャー・パーレビを国王に復位させました。

1970年代初頭には、アメリカはもうこうした手荒な手段で自国の石油権益を守ることはできなくなっていました。ちょうどニクソン大統領が米ドルの金兌換停止を宣言した1971年には、国内の原油生産量がピークアウトし、そこから先は自国の石油需要を満たすには中東諸国で産出される原油に頼らざるを得ないことが分かってきたからです。

しかし、ハント兄弟の見方は違いました。彼らとしては「アメリカ政府は、たとえ自国民でも成り上がりものが経営する新興企業の権益は、イギリス系の石油大手ほど熱心に守ってくれない。だから、自分の資産は自分で守らなければならない。そのために最適の投資対象は貴金属だ」という結論に達したようです。そして、1973年当時はまだアメリカ国民の金蓄蔵は許されていなかったので、投資対象は自然に銀ということになりました。

こうしてハント兄弟は「世界中の金銀埋蔵量を調べ上げると銀は金の16倍存在するから、銀価格は金の16分の1という水準が適正だ。銀の時価ははるかに安い。だから、買いだ」というなんとも雑駁な「理論」にもとづいて、目一杯借金をしたレバレッジで銀の先物を買いまくりました。1970年代末にはインフレ率が15~20%に達しているのに、連邦準備制度の政策金利は10~12%と、実質金利は相当なマイナスになっていたことも、彼らの強気一辺倒の銀先物買いを支えていました。一時は、世界中で取引可能な銀地金の半分以上を押さえた計算になると言われています。

しかし「紙幣を刷る輪転機を回すことなど、どこのバカでもできる。本当に価値があるのは貴金属だけだ」と豪語する彼らの存在は、経済・金融界のエスタブリッシュメントにとって危険すぎました。ニューヨークの商品取引所は、銀価格の暴落とハント兄弟の破滅を目指して次々に買い方に不利で売り方に有利な規制を打ち出しました。結局、こうした突然のルール変更が効果を示して、1980年1月に大天井をつけた銀価格は、その後急落します。

1981年の夏には勝負は完全についていて、ハント兄弟は息も絶え絶えという状態でした。そのハント兄弟に止めを刺したのは、当時の連銀理事会議長ポール・ボルカーが、インフレ率は10%程度まで沈静化していたにもかかわらず、政策金利を20%まで引き上げるという劇薬を処方したことでした。こうして、借金によるレバレッジは、ほとんど一夜にして「借りれば借りるほど儲かる錬金術の道具」から、「借りれば借りるほど金利負担が重くのしかかる、首に巻きつけられた石臼」に変わってしまったのです。

しかし、投機グループをひとつ潰すためにとんでもない副作用をもたらす危険があったこの政策金利引き上げによって、アメリカのインフレ率はさらに急速に低下しました。こうして、ボルカー議長は「インフレ退治の英雄」に祭り上げられてしまいました。議長在任中にボルカーのような一か八かの大勝負に打って出て勝ったという実績はひとつもないくせに、ボルカーのカリスマ性をちゃっかり受け継ぎ、巧みな自己宣伝によって膨らませながらアメリカ経済を泥沼に引きずりこんだ張本人が、ボルカーの後任、アラン・グリーンスパンであることは言うまでもありません。

今、世界はインフレの終息からデフレへ向かうか、新興国中心の食料・エネルギー価格のインフレがハイパーインフレまで突っ走るのかという重大な岐路に差しかかっています。しかし、どちらにしても、日本円以外のほとんどあらゆる通貨の円に対する為替レート低下、つまりは円の独歩高へという局面にあることは変わらないでしょう。

金という金属は、本来的に通貨としての利用に適した物質で、いったん金山で産出した分は、元素そのものを変換するというおそろしくカネのかかる工程を経なければ、総ストックとして減少することはありません。だからこそ、先史時代から希少性に着目して産出されてきた総ストックは、かなり大昔から毎年産出される追加分との比較で見ると非常に膨大な量になっています。

すでにご紹介しましたが、現在までに地球上で採掘された金地金の総量は16万トン強と言われる一方で、毎年世界中で産出される金地金の量は2300~2500トンとなっています。つまり、年間で総ストックの約1.5%しか追加されていないわけです。下の図が、1901年から2010年というかなり長期にわたる金の年間産出高と同じくストック増加率のグラフです。

そして、金の物理的性質からくる総ストック量の安定的な微増という傾向は、貨幣として見た場合に非常に好ましい特徴となっています。もう少し具体的に言えば、年率約1.5%のストック増加というのは、なかなかすわりの良い数字ではないかということです。

たとえば、人口が年率0.5%で増えている社会では、金のストックは年率1.5%で伸びているのに、物価は上がりも下がりもせず安定しているという状態を考えて見ましょう。モノやサービスの供給量も金のストックと同様、年間1.5%拡大していると考えるのが自然でしょう。つまり、GDP全体は1.5%で伸びているわけです。そのうち、0.5%は人口増によって吸収されるので、1人あたりGDP成長率は1.0%となります。年間1.0%の伸びが10年続くと、複利計算ですので10年間で13%、20年間で26%、倍増するのに72年間という1人当たり実質成長率を達成できます。

そして、今までの章で見てきたとおり、金という碇を下ろしている貨幣制度のもとでは、長期で見れば物価は安定しているものなのです。むしろ、科学技術の進歩や発明発見によってモノやサービスはだんだん安く手に入れられるようになることを反映して、ややデフレ気味になります。

もし人口を一定に保つことができれば、1人当たりのGDPが年率1.5%伸びますから、10年で17%、20年で37%、倍増するのに44年間というペースで実質成長が続くことになります。もし、経済全体がおだやかなデフレで推移すれば、実質成長率ベースで2倍になるまでに30年程度ですむでしょう。

もう一度くり返しますが、貴金属本位を採用している社会では「物価が安定していれば」という条件は、それほど達成するのがむずかしい課題ではないのです。金本位制のもとでは、物価は短期的にいろいろ変動することはあっても、中長期では横ばいから若干の下落で推移するのがふつうです。政府や中央銀行が好き勝手に不換紙幣を増刷できる制度のもとでしか暮らしたことのない我々にとっては、なかなか実感しにくいことですが。

ようするに、個人や企業が取り立てて急ぎもせず、遅らせもせず、イーブンペースで取引にカネを使っていれば、自然に物価は安定するのです。この一定の期間内に何回カネのやり取りをするかのことを、経済学では貨幣の流通速度(ベロシティ)と呼んでいます。

ふつうのペースよりひんぱんにカネのやり取りをすれば流通速度の上昇によってインフレ気味になりますし、ふつうよりカネのやり取りを少なくすれば流通速度の低下によってデフレ気味になります。それだけのことなのです。そして、深刻なインフレとか、深刻なデフレの脅威を感じていなければ、人はふつうカネのやり取りを極端にふやすことも減らすこともしません。つまり、ふつうの経済環境では、貨幣の流通速度は慣習的に安定しているというわけです。

もちろん、実体経済のほうでどれくらいモノやサービスの生産量が伸びているかも重要です。貨幣供給の伸び率を上回るモノやサービスの増加があれば経済全体としてはデフレ気味、貨幣供給の伸び率を下回る程度のモノやサービスの増加しかなければインフレ気味ということになります。

経済学界で主流を占めている人たちは、「ほら見ろ、やっぱり貨幣の伸び率が制約されていると、世の中全体がデフレになってしまうじゃないか。しかも、モノやサービスが順調に増産されている経済全体としては望ましい状態のときほど、デフレの危険が大きくなる。だから、金本位制はダメなんだ」と主張するかもしれません。

ですが、デフレ自体には経済成長を阻害する作用はありません。すでに見たように、経済が事実上の独占(デファクト・モノポリー)企業によって牛耳られているような社会では、デフレになると極端な生産制限が実施されてしまって、経済全体が萎縮するというだけのことなのです。

マネタリストは「貨幣の性質自体は不換紙幣でもなんでもいいから、とにかくおカネの総供給量を一定のパーセンテージで毎年ふやしていけ」という主張をあきもせずにくり返しています。ですが、この主張は法律や社会制度に全面的に依存しなければ達成できないし、全面依存したとしても、そのときどきの「政策的要請」次第でどうにでもねじ曲げられてしまう不自然な目標設定でしかないのです。

物理的な特性として、ほぼコンスタントな伸び率での微増が続く金の総ストック量は、一度として実現したためしのないマネタリストの主張とは対照的に、歴史によって実証された安定成長を少なくとも2000年以上にわたって実現しています。

もちろん、ときおり従来存在が確認されていなかった金山が発見されたり、鉱石の金含有量(品位と言います)が低すぎて生産工程のコストを上回る価格を得られないとして放置されていた金鉱山が、金価格の上昇で生産可能になったりといった年間供給量の拡大はあります。でも、それは技術革新が進んでいる各産業のコンスタントな生産量拡大に比べれば、かなり頻度も低いですし、こうして達成された追加的な供給量の総ストックに占める比率も微々たるものです。

地球上に、あたらしい地理的な発見をする余地がますます減っている現在では、高品位の巨大な金鉱脈が突然未開の奥地に発見されるといった可能性は、かなり小さくなっているでしょう。つまり、世界中に存在する金の総ストックは、国際的な大不況でモノやサービスの供給量が減少するというような極端な時期以外は、ほぼ一貫して実際の経済活動の拡大ペースよりは若干小さな供給増にとどまる可能性が高いと予想されます。

でも、この性質は通貨の素材として適していないどころか、非常に適した性質です。政府や中央銀行がその気になりさえすればいくらでも増刷できる不換紙幣と対比してみれば、その利点は明らかでしょう。世界中の主要国が金本位制を採用していたころには、貿易・経常収支の不均衡は本位貨幣である金の移送で決済されていました。当時はまだ、輸入超過国による不換紙幣の増刷で、輸出超過国側の溜めこんだ外貨の通貨価値がどんどん目減りしていくという心配はしなくてすんでいたわけです。